喜びの声体験談

 喜びの声       特別寄稿
 昭和52年の9月、友人の紹介で龍神堂本部様に御指導を仰ぐようになって丸2年。
 当初の間は聞くもの全てが物珍しく「そんなものかなぁ・・・・・」と半信半疑のまま。それでもその当時は、我が家のあらゆることが
どん底同然、何をやっても失敗ばかりで、店の経営状態も悪く何度店を閉めようかと思ったことか。

 運が悪い時には徹底的に悪く、銀行取引で何度も不渡りを出しお情け同然の援助を頼りに、どうにか息をしていたい、と云う状
態でしたので「買わぬ宝くじは当たらぬ」方式で私は御助言下さるお言葉を信じ無我夢中で実行して参りました。

 最初お伺いした時は運良くも「お水とり・お砂とり」の機会があり今現在のチャンス・運を摑んだものと思います。

 その頃店の経営が思わしくないと全てを駄目にすると云うことをつくづく感じていましたが、特に従業員問題で夜も寝られぬ程頭
を痛めていましたが、その時の霊視及びお砂とりで4日目に解消したのです。それまではどうして辞めてもらおうかと頭を痛めてい
たのが嘘みたいに解決したのです。

 次に税務署らしき官庁人が来ますよとのお示しを戴きましたので、一応そのつもりで税理士さんに電話をしておきましたら案の定
ご暗示通りに税務署から来ました。聞けば追徴税130万円払って下さいとの事でしたが勿論払わずに済みましたが、これもやはり
龍神堂本部さんにご縁がなかったらとんでもないことになっていたのは事実です。なぜならその時税務調査を受けた数軒は100万
円以上の追徴税を納めた、と聞いたからである。

 その後1ヶ月ほどしてまたお水とりの機会があり、私どもの会社が、人生が180度いや360度かも知れない、ひっくり返るような
出来事が次々に起ったのである。12月8日だったと思う、神前にお参りされた後
 「今度のお水とりを実行すれば、必ず経営指導者またはそれ以上の人にめぐり合い、後になればなる程良い人が出てくる」との
お話でした。


何がなんだか解らぬまま、それでもお水とり後4日目に或る社長が今度家に遊びに来ないか、から始まり日本でも指折りの経営
指導の先生が或る町に来られるその講演会に是非行きなさい、しかも無料で話を聞けるから店を閉めてでも聞きに行きなさいと、
熱心に勧められ、遂に12月19日に夫婦で先生のお話を聞くことになったのです。
  
  運命の分かれ道とはよく言ったものです。その時、あの社長はああ言うけれどとか、遠いところまで話を聞きに行くのは大変だ
とか暇がないからとかの口実で実行していなかったら、どんなに良いチャンスに巡り会えても自分の運命の開拓はおそらく出来て
いなかっただろうと思います。
  勿論、感激と感動を胸一杯に詰込んでこのすばらしい商売のやり方が実存している事に共鳴、今までの自分達の歩いて来た
商売の中に卑しさを見い出し、心の醜さを悟った時、激流の如く涙が溢れ出たのを判然と記憶しています。

 そして次の日の20日に以前から予定されていたと云うよそ様の臨店を急に変更されて○○の○○○○の方を数人連れて飛んで来て
下さったのです。

 「何かに魅かされてやって来た」
 その日は冬一番の到来で炬燵を入れてもスト-ブを入れても温もりがなく、先生は風邪をひいたとも言っておられたし
 「なんでこんなうらびれた店に、どうして来たんだろう?」と、先生御自身も不思議がっておられた程でした。

 実は、この偉い先生はうちの店が潰れそうだから直ぐ来て下さい、等と申しあげても早くて3ヶ月、遅くて1年位してからでない
と来ては下さらないと云うことを後で聞き、本当に私達は運が良かったと云う事と同時に、龍神堂本部が言われる祐気法が如何に
神秘的であり、且つまた運気を左右する偉大な力を持っているかの事実を更に深めたのであります。

 危篤の状態。いやもう丸裸の段階・・・・・・それ程に・・・・・荒れ果てていた我が家に・・・・・
 「○○さん、もう心配しなくとも良い、これからは急成長の店に必ずなれるよ、少なくとも町一番の店には、なれるよ」と、大変なお話
なんです。
明日の手形をどうしよう等と考えていた矢先の事ですから・・・・・・・・

 その年の暮れ空前のお客様に来て頂き今までにない売り上げがあったことは申すまでもないことです。
 人間は欲の深いもので特に私等お水採りが終わると龍神堂本部様に出向いては次のお水採りの月日時をすかさずメモしたもの
である。お蔭様で遠方に旅立ちしてもお砂を身につけていた為にたびたび災難を逃れたことも事実です。

 そして昭和53年の4月、暴動のような一日2000人以上のお客様に来て頂くことになる大売り上げが始まりだしたのです・・・・・・・

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