堂主紹介

 5歳の時母の田舎で霊体験をしたことでこの道に端を発し人の運命に就いて考えるようになる。その後,親の転勤に伴い小学校3年生で転校となり近所の修験道寺院の行者及び霊能者の家に通うようになり、そこに来る人達が帰る時には明るい顔をして帰って行くのを見て育つ。

 この間、学校では教員井野からのイジメを小学4年生から6年生まで不当にうける(プールの水中に頭を押し込まれる・叩かれる・言葉の暴力を日々うけるが(担任は女故か井野が大柄で怖いのか見ても知らんふりを決め込む・今は教員の暴力は即逮捕となるし逮捕にもって行く)しかし子供であっても子供なりに負けるのが嫌で無欠席で過ごし、霊の世界と運命との世界に関わりながら学業では3つの塾に行かされる。

 中学生になると小学生の時の教員の暴力イジメから一転して神仏の験力か助ける霊能者の調伏祈祷の験力か、今度は教員よりエコヒイキされ始める、小学生よりこの間迄に滝行を50回行う。

  その後、進学校に入学するが教員と云う立場を利用し生徒に対する強制的な力及び暴力を行う暴力教員と戦い大波乱の高校生活を送る。
 そして在学中の17歳の時三人目の恩師と出会った事により翌年18歳から熊本歓楽街での街占をスタ-トさせデビューとなる。
 この街占時代に生活費を稼ぐために水商売も行い、また会社も経営し二足の草鞋三足の草鞋を履き各世界に知り合いが広がる。
 そして更に四人目の恩師と出会ったことで、熊本の歴史「神風連」を学ぶ機会を得、生家・現地探訪も出来たことで郷土愛が深まる。

 それから九州各県及び東京・大阪・名古屋での街占・日切・旅占を行う。
この間、20年以上の街占、14年以上の旅占と自宅での運命相談を昭和42年より同時に続けて行う。

 並行して地元熊本・京都・奈良の高野山真言宗の寺院及び天台宗の寺院や神奈川県の行場で行をし乍ら、熊本東京(日本運命学会入門)、熊本大阪(命理学研鑽会入門)への運命学取得及び研究のため上京・上阪の日々を過ごすとともに現地での実占を積む。

 その後40歳後半になり大峯山修験道に入るが楽行の誘惑を捨て自ら苦行の道を選んだことで苦節10年して、やっと先達資格を取得する。

 現住所では昭和42年より50年間にわたり当龍神堂本部及び祈祷院を営み信頼される人だけの御相談に応じております。

 『尚現在は午前9時から午後5時迄の完全予約制になります。』

相談實例



  ▼大峯山上で    龍神堂本部祭祀大聖不動明王尊




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