ここS市は県庁所在地でありその人口23万5千人(2010年)を擁し夏には雨が多く、その地勢を利用した農業・漁業の盛んな県である。
 今回この地を選んで夏のしかも蒸し暑い日にバスに揺られること4時間かけて日切の旅となった。

 以前から予約していた旅館に着いたのは昼過ぎであった。着くなり
 「いらっしゃいませ」と明るく元気な女将さんの出迎えをうけて今回の日切のことを改めて伝えると快く承知して戴いた。
そして二階への階段を登ると一番奥の静かな「清風の間」に案内され荷物を置いた。
 女将さんの説明に依ると、
「夕食は6時で、温泉はいつでも自由にはいれますから」とのことであった。そして出されたお茶と和菓子を戴くと直ぐに頼んでいた印刷所にチラシをとりに行った。

 入り口に立つと印刷機の音が外まで聞こえて来る。従業員に告げると奥から社長らしき人が出てきて「お待ちしてました、できてますよ」と言われる。直ぐに中身を見てみると立派な出来上がりで申し分の無いチラシであったが、それに伴いこれからの5日間の心の戦いも始まったのである。そして受け取った後、料金を支払い印刷所を後にするとその足で新聞販売店へと急ぎ明日の折込に入れて貰うことにした。

 部数はそれなりに印刷したが今回は一回限りの配布であるので余分な枚数はなく不安な点もあるが仕方ない、そのために今回ここを占断して選んだのであるから・・・・

 そして旅館に帰ると部屋には夕食の準備が出来ていて
 「お帰りなさい、夕食ができてますよ」と仲居の娘が言う。

 日切の旅をしているといつも思う、外に出て帰って来ると「お帰りなさい」との声と共にそこにはうまそうな夕食が並んでいてしかもいつでも風呂に入れて一息つけるホットできる空間がある・・・・・などと思うことがあり、今またそれが現実のこの旅館の目の前に並んだ料理を見、また、そこにいる仲居さんの声に何かしら心の隙間が埋まるような空想が浮かぶ。

 そして心は現実の自分に還り、今目の前に準備された地元の海の幸を堪能できたあとは直ぐに温泉に入る。
 広々とした大きな温泉であり他には二人の入浴客のみである。そして会話することもなく、長湯も出来ず旅の疲れをとり温泉から出ると明日に備えて早めに布団に入った。

 翌朝は6時前に起きて直ぐに外を見ると小雨ではあるが雨が降っていてこれはいけると読んだ。そして7時には部屋に朝食が運ばれてきたので、挨拶を済ませ朝食を摂っていると、何ともう下にお客さんが来ていますよと、仲居さんが言って来た。それを聞いて最初のお客が女性であれば幸先良いのだがと考えるが、考えなくとも女性のしかも年配の女性で家庭問題の件で訪れたことを霊視していたのである。

 そして準備ができたので仲居さんに頼んで来て貰うと、やはり中年の女性であるので、どうぞと言い、座布団に座ると同時に、
 「奥さんは家庭の事での相談ですね、それもご主人のことでしょう」と告げると、
 「はい、そうです、どうしてわかったのですか?」と聞かれるので、
 「はい、それは顔に書いてありますから」と答えると、
 「なんでもわかるのですね」と言われ、色々と家庭の事や夫や子供のことにまで話が及んで行くことになったのである。

続く


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